「自分を愛する」ことを、引き続き追求している、もりおんです。
簡単なようで、なかなか難しいですが、難しいと決めつけてしまうと、ほんとに難しくなりますから、少しずつでも「自分を愛する」度合いが増してゆくように、研鑽中です。

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バーソロミューの「自分を愛する」という章を、繰り返し読んでいます。
何度読んでも、新たな発見があります。
今日はそのなかから、一部引用します。

自分のなかにいやな感情を感じた瞬間、自分にこう言うのです。「私はこの感情を愛します。それを歓迎します。この感情は、去る必要もなければ、変わる必要もありません。私の一部なのですから。私はこの感情を受け入れます」そうすると、心のなかにいつもある温かさが、この「岩」の方に動いていきます。そして、ゴツゴツした岩をなめらかにし、それを囲み、ボロボロにしはじめます。つまり、この「岩」に対するあなたの愛の力を通して、「岩」はその愛を自分の身につけます。それはあなたの愛で満たされます。愛がこの「醜い」感情のかたまりに注ぎこんで、それを囲み、高揚させます。そしてこの感情は「愛にあふれた」感情に変わるのです。

そこで、人は、自分の持つ愛とそこにある苦しみというふたつのものを、同時に感じることができることに気づきます。愛の力は限りなく大きく、愛が内包できないものは何もありません。この限りない愛の力を使うことこそ、あなたが学ばなければならないものです。愛する者を失った悲しみがどんなに大きくとも、心のなかに、その悲しみと、限りなく大きな愛を同時に持つことは可能です。どちらかを選ぶ必要はないのです。嘆き悲しみたいときは、思いきりそうしたらいいのです。病気をしてもいいのです。どんな悲しみも後悔も罪悪感もすべて思いきり感じていいのです。あなたの心のなかにある愛は限りなく大きなものですから、どんな感情も包みこんでくれます。

何も心配する必要はありません。感情はあなたの子供なのです。それはあなたの子供です。子供たちが欲しいのはあなたの愛です。その感情を生んだのは、ほかならぬあなたなのに、あなたはそうした感情をまるで親なし子のように扱っています。けれども、それを創りだしたのはあなた自身なのです。

これらの否定的感情をあなたの愛であたため、受け入れてやることで、「変化」や「自己変革」が現実のものとなります。自分は限りなく大きな存在であり、どんな感情を抱いても大丈夫なんだと確信できると、何ものも怖れることがなくなります。この世に存在するもので自分が内包できないものは何もないのだとわかると、こわいものがなくなります。

愛する者を失った悲しみがどんなに大きくとも、どんなひどいことが身に起こっても、その感情を自分の心に抱き、なだめ、あたため、心を開き、愛することができるのです。大きな心の痛手を受けた人も、それから逃げないでください。それを愛してください。あたたを傷つけた人を愛するというのではありません。そうではなくて、その苦しみの感情を愛するのです。

(バーソロミュー p.90~p.91 より)


みなさんに愛と光を!( もりおん )