ひとつ前の記事で、自分の過去の記事にリンクを張りましたが、いま読んでみるとイマイチなんで、やり直しました。
せっかくなので、前にやってなかったところまでやります。(このメッセージ、めちゃ重要やと思いますんで。)

Painted Background 225

今回伝えたいことの核心はな、「あんたがほんまに捜し求めとるもんは、あんたが人間として体験しとることとは、な~んの関係もない」っちゅうことを理解してほしいってことなんや。

スピリチュアルな旅の中でやな、自分はいったいどの辺におるんかなぁって思て、自分の生身の人間としての体験を、俗に言う「スピリチャルな尺度」で検討してみるってこと、あるやん?
それをやめんねん。それがめちゃ役に立つんやわ。

なんでか言うとな、あんたが「これを具現化したい」って求めるとするやん。その具現化の兆候って、最初にこの3次元の領域に現れるわけではないからなんよ。

そやのうて、あんたがそれを体現するんが先で、そのあとに3次元の領域に、その兆候が現れるんよ。

そういうことやから、3次元の人間の領域で、具現化したいことの兆候が現れへんかなぁって期待する代わりにな、自分でそれを体現してしまうんよ。そしたら、あんたはそれを具現化することができたってわけやな。

こういう考えをこっちではな、逆手にとって利用してるんやで。具体的に言うたら、「『それは真実かもしれんなぁ』ってことを、先に認めてまうねんよ。そうすることによってな、自分の『魂の真実』の表現に人間体験で繋がるんよ。そうやってそれが「人間体験に必ず現れるように流れ出す」ってわけやな。


(もうちょっと、続くで。)